#35 「平成一桁ガチババアより〜愛を込めて〜」/妹尾ユウカ
SPECIAL COLUMN
#35 「平成一桁ガチババアより〜愛を込めて〜」/妹尾ユウカ
今月、私は28歳になった。近頃は「もうおばさんだから」という言葉が、冗談めかして口をついて出ることが増えている。けれどそれは、私にとって自嘲というより自己防衛に近い振る舞いであり、「おばさん」と名乗れることには、ひそかに頼もしささえ覚えている。
1 合言葉は「おばさんだから」
たとえば、盛り上がりがピークに達し、皆一様にカラオケを歌い出した頃。収拾のつかなくなったバーから、私は「おばさんだから帰るね」と言ってそそくさと抜け出す。
男女比のいびつな飲み会やクラブへの誘いも、「おばさんだからやめておく」と軽口で切り上げ、家で飼い犬の背を撫でながら眠る。
無作為にかけられたであろう、あの頃のままの人からの深夜の着信には、翌朝になって「おばさんだから寝てた」とだけ返す。
こうして私は「おばさんだから」という言葉を、ちょうどいい断り文句としてたびたび借りてきた。軽やかな拒絶の合言葉として。
けれど時には、それを居場所を得るための呪文としても使ってきた。とりわけ、年下の子たちが集う場や、女を容姿だけで値踏みするおじさんたちの憩いの場では、腰を下ろすより先に「私はおばさん側です」と名乗る。
そうして5歳程度しか違わない港区女子から向けられる、「おばさんのくせに」という視線や、妙な敵意からあらかじめ逃れてきた。父親世代の男性から、無遠慮な視線や好意を向けられた時も、同じようにしてかわしてきた。
平成一桁生まれが「おばさんです」と自ら名乗ることは、無駄な摩擦を避けるための白旗であり、港区で静かに暮らすための平和条約でもあるのだ。
2 プチおばさんデビュー
実のところ、私はまだ自分を本気でおばさんだとは思っていない。制服ディズニーを除けば、28歳が「おばさんだから」を理由に慎むべきことなど、存在しないとさえ思っている。ゆえに、今の私が口にする「おばさんだから」は、処世のための方便にほかならない。
とはいえ、プチおばさんの自覚なら確かにある。一長一短だが、遊びにさえ生産性を意識せざるを得なくなり、誰がいるかわからない会への足取りはおろか、朝まで飲むことすら気が重い。部屋の窓から見える東京を代表する繁華街は、今では見知らぬ国よりも遠く感じられる。
それに、肌に馴染む化粧品もはっきりと変わってきた。20代のほとんどを支えてくれたファンデーションが、最近は合わなくなってきたのだ。朝まで飲んでも”それなりの私”を保ってくれたあの名品が、まさか老け見えの原因に転じる日が来るとは。程よいテカりをツヤとして味方に付けたい年頃のプチおばさん。どうやら、マットファンデには別れを告げる時が来たらしい。
このほかにも、プチおばさん化に伴い、紫外線対策を怠れば、その代償が大きいことを思い知らされるようになったし、いつの間にかスキンケアの工程にはアイクリームが組み込まれていた。
3 平成一桁ガチババアの仲間たちへ
10代の頃、「おばさんだから」という言葉は、女を縛る呪いだと思っていた。けれど実際は、自分の好きを守り、自由を与えてくれるお守りのような側面の方が大きい。「おばさんだから」は私らしく生きるために、とても便利な言葉だった。
少なくとも、今の私は「おばさんだから」を使って、逃げたり守ったりするうちに、自分にとってちょうどいい場所を選び取れるようになった。つまり、"平成一桁ガチババア"と呼ばれるようになったことは、ゥチらの老いであると同時に、ようやく得た自由と尊い成長の証でもあるんだょ。
妹尾ユウカ
独自の視点から綴られる恋愛観の毒舌ツイートが女性を中心に話題となり、
『AM』や『AERA.dot』など多くのウェブメディアや『週刊SPA!』『ViVi』などの雑誌で活躍する人気コラムニスト。
その他、脚本家、Abema TVなどにてコメンテーターとしても活動するインフルエンサー。