#37 「おじさんが自慢話をする理由」
SPECIAL COLUMN
#37 「おじさんが自慢話をする理由」/妹尾ユウカ

せめて「俺の唯一の自慢話なんだけどさ」とか、「ちょっとだけ自慢に付き合ってくれる?」なんて具合に、お茶目に切り出せたならいいのに。
自慢話を始める前のおじさんの口から出る言葉ときたら、「自慢じゃないけど〜」か「大した話じゃないんだけど、昔さ〜」が定番である。
どんなに不整脈なおじさんでも、この時ばかりは平然を装い、さも自慢話ではないかのように語り出すのだが、想定を下回るリアクションには、うっかりと肩を落としてしまう。
特に、ジェネレーションギャップによって、自慢話がまったく伝わらなかった時の落胆ぶりといったら、実に分かりやすい。
たとえば、「深田恭子と同級生なんだよね」と言うおじさんに、「深田恭子って誰ですか?」と返すと、その肩は地面に着いてしまう。
同じように、「昔、俺がバンドやってた頃にELLEGARDENと〜」と、今にも自慢話をかき鳴らそうとしているおじさんのアンプからシールドを引っこ抜けるのも、「ELLEGARDENっていうのはバンドですか?」という一言だ。
実際、こうしたジェネレーションギャップによる事故は珍しくない。気づけば「自慢話をしたおじさん」ではなく、「よく分からない話をしたおじさん」として裁かれ、痛烈な老いを突きつけられる。
「恋愛相談があります」。そう言って、深夜23時ごろ、私を骨董通りに呼び出したのは、クリエイティブディレクターの40代男性。
カロリーが人格を持ったかのようなボディーに黒縁メガネがトレードマークの港区おじさんである。
席に着くなり、そのおじさんはInstagramを開き、「俺はこの子が好きなんだけど、今サイバーのこの子とAV女優のこの子からもアタックされてて」とモテ自慢を始めた。私は「恋愛シュミレーションゲームのやり過ぎで、現実との境界線が付かなくなったんですか?」と尋ねたが、おじさんは「うるせえよ(笑)」と笑みを浮かべ、話を続けた。
居酒屋で話せば、間違いなく高視聴率を稼いでしまう勘違いトークに、私は会員制バーの存在理由を思い知った。会員制バーは、こういった勘違いおじさんたちのシェルターの役割も果たしているのだ。
このおじさんの他にも、私に恋愛相談をしてくるおじさんは少なくない。だが、そのどれもが厳密には「恋愛相談」ではない。恋愛相談の皮をかぶった、「まだ俺は終わっていない」と確認するための儀式だ。おじさんたちが相談を持ちかける理由は、誰かを好きになった胸の痛みが強いからではない。「まだモテている」と信じたい執念の強さゆえである。
ちなみに、おじさんが本当に恐れているのは、「老い」そのものではなく、「誰にも必要とされなくなる瞬間」である。年齢を重ねるにつれ、仕事の中心から外れたり、恋愛対象として見られなくなったりと、誰かの“選択肢”から外れる機会が増えていく。そうして、今を語る材料が減るほどに、彼らが語れる物語は過去へと集中していく。
少し話が逸れてしまったが、自慢話というのは、過去のことであれ、今のことであれ、「語り方」がすべてだ。自分をどう見せたいか、相手にどう見られたいか。そのあいだの距離感を誤ったとき、人は滑稽に見られてしまう。だから、話の内容よりも“自分の位置づけ”に細心の注意を払って語るべきである。
自慢話が痛々しく映るのは、成功や幸福そのものが眩しすぎるからではない。その話の中に、“認められたい”という叫びが透けて見えているからなのだ。

妹尾ユウカ
独自の視点から綴られる恋愛観の毒舌ツイートが女性を中心に話題となり、
『AM』や『AERA.dot』など多くのウェブメディアや『週刊SPA!』『ViVi』などの雑誌で活躍する人気コラムニスト。
その他、脚本家、Abema TVなどにてコメンテーターとしても活動するインフルエンサー。





