SPECIAL COLUMN

#39「誰と付き合ったところでさ」/妹尾ユウカ

つい先日、私は29歳の誕生日を迎えた。来年は30歳になるわけだが、その自覚はあるようでいて、全くない。プチおばさんを名乗りながらも、LUMINE ESTで服を買ったり、CHANEL 25にシナモロールを付けてみたり。

これでは、「俺なんてもうオジだから」と言いながら、昨晩HABUSHを何本空けたかを嬉々として語るジジイと大差ない。自らオジさんを名乗ることで、弁えてますよ感を出しつつも、オジさんらしからぬ振る舞いをして、トレンドに怯えて暮らす。思えば、私も少しずつ、あっち側の人間になっている。

ここ最近、小さな老いを感じる瞬間が増えてきた。0時を待たずして眠くなるし、酒の席にはミレニアム世代が増えたし、アイクリームが手放せない。まるでアハ体験のように、いろんなことが少しずつ、でも着実に変わっている。

中でも大きな変化といえば、選択肢の多さに疲れるという点だ。ランチひとつとってもそう。和食、中華、イタリアン。昔は、いろんな選択肢を提案されるとワクワクしたが、今は違う。喫煙不可ならなんでもいいから、なるべく相手に決めてほしい。
男選びもそう。贅沢な悩みだと分かっているが、選択肢の多さが豊かさとは限らない。誰と付き合ったって、「本当にこの人でいいのかな?」と悩んでしまう。完璧な男なんて存在しないしし、私も完璧な女じゃないのに。

これまで「どんな人が好みなの?」と聞かれると、「背が高くて、押しの強い人」と答えてきた。その結果、モラを引くこともしばしばで、友人たちから「なんであんな男と付き合ってるの?」と聞かれたこともある。でも、私のようなある種の優柔不断は、モラくらいの強引さでないと、どうにも収まれない。選択肢に恵まれ、決断を苦手とする女にとって、強引さというモラのA面は、ときにどうしようもなく魅力的なのだ。

私の「本当にこの人でいいのか?」という迷いは、彼氏に大した不満がなくても生まれる。むしろ、愛されていて、大切にされている時の方が迷う。「この人を選んだら、もう他の可能性を見ないことになるんだ」という感覚が、真実味を帯びて迫ってくるからだ。
相手の問題ではない。きっと私は、私と好き合ってくれる相手ならば、どんな人に対しても思ってしまうのだ。

いつになれば、選ばなかった人生を諦めきれるのだろうか。恋愛に限らず、私はこれからもずっと、選ばなかった人生に思いを馳せながら生きていくのだろうか。
選ばなかった人生はいつまでも魅力的だ。実際に生きていないからこそ、そこには失敗も後悔もなく、欠点すらない。私は時折そんな人生を羨みながらも、自分が選んだほうの人生を生きていくのだと思う。

もし、選択肢がなくなることが老いるということなのだとしたら、選択肢があるまま、そのひとつを選べるようになることが、大人になるということなのかもしれない。そして、その選択を正解だったことにしていくのが、人生なのかもしれない。

妹尾ユウカ

独自の視点から綴られる恋愛観の毒舌ツイートが女性を中心に話題となり、
『AM』や『AERA.dot』など多くのウェブメディアや『週刊SPA!』『ViVi』などの雑誌で活躍する人気コラムニスト。
その他、脚本家、Abema TVなどにてコメンテーターとしても活動するインフルエンサー。

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